琴浦町石碑事件再修正



日課である本日午後琴浦町に電話をした時に、下記の記事の件を言っていた。

とりあえずトンへ(東海)と言う表示はなくなったようだ。

日本海の表示もなくなったが。

韓国式の建物ばかりでややこしいので公園ごと更地を望むところではあるが。

>>>国際交流の道義と信義、節度を欠いた行為だ。交流の大きな後退であり、強い憤りを感じる。<<<民団鳥取県団長談

しかし民団鳥取県本部の団長の能書きはよろしくない。

韓国人が地元民に助けられてのこの言い様、町費で建設されているにも関わらず、この言い様は、日本人の感性では理解できないところと思う。


(ソース)http://www.nnn.co.jp/news/070531/20070531003.html日本海新聞
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日本海」「東海」どちらも使わず 碑文再修正へ


 鳥取県琴浦町が日韓友好交流公園「風の丘」の説明碑から「東海(トンヘ)」の表現を削除した問題で、町は三十日、作り直す方針を決めていた碑文の内容について、再度修正することを発表した。

修正案は町議会(福本宗敏議長)が町執行部に提案。

文中に「日本海」も「東海」も用いず、記名者を赤碕町長名から「鳥取県琴浦町」とするという。ハングルの訳文も同様。


「日本海」や「東海」の表現を使用しない説明碑文の修正案
 この問題では二十日、町が碑文について、日本語では「日本海」、ハングルでは「東海」と表記して作り直すと発表していた。

 同町赤碕の町役場分庁舎で会見した福本議長は、修正案について、「従来の説明碑には製作時の町長名が記され、その本人から二十三日に『修正に際して自分の名前を使わないでほしい』と申し入れがあった」と提案理由を話した。

 その上で、「文面に必ず『日本海』や『東海』が必要という規則はなく、『日本海』などの表現を使わなくても交流記念碑の趣旨を理解できる文面にした」と述べた。

 福本議長は、東海削除問題について議会の一任を受けて、坂本正彦副議長と相談の上、文案を作成し、二十八日に田中満雄町長に提案した。

民団鳥取県地方本部にも再修正の意向を伝えたという。

 山下一郎副町長は「議会の意見を尊重したいと考え、提案の採用を決めた」と説明した。

 町国際交流協会の山内勉会長は「町や議会が決めたことにどうこう言える立場ではないが、問題が尾を引くことのないように、民間交流を続けていきたい」と、今後も交流推進の考えを示した。


民団鳥取県地方本部の薛幸夫(ソル・ヘンブ)団長の話
 
国際交流の道義と信義、節度を欠いた行為だ。

交流の大きな後退であり、強い憤りを感じる。

海を契機に平和と友好を促進することが石碑の意図だったはずだが、「海」が無くなると意味をなさなくなる。

今後、次元の高い国際交流の認識を共有するよう、機会があるたびに町と交流のあり方を話し合いたい。

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韓国江原道交流記念碑(案)

文政二年(1819年)一月、風で遭難した韓国江原道の商船が赤崎沖を漂流し、○天のため船は大破したものの、12人の乗組員全員が地元の人々によって救助されました。
当時の鳥取藩は彼らを手厚くもてなした後、ニ隻の船で○○から長崎に送り、一行は無事帰国し、大変感謝されたとのことです。
この記念碑は日韓両国の友好と平和の永続を祈念して、鳥取県と韓国江原道の友好交流の歴史的な出会いの地に建立されたものです。

2007年  月吉日

鳥取県琴浦町
 
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