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非理法権天 「敷島通信」山下俊輔(山下しゅんすけ) 起きる会 代表

敬神尊皇 七生報國 非理法権天       身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂

尖閣諸島護持!石垣市議 仲間均氏の行動  




・左画像 石垣市議 仲間 均(ひとし)氏(尖閣諸島護持 活動家)
仲間均政治活動事務所 〒907-0022沖縄県石垣市大川40番地
E-mail:nakama@thida.net


http://youmenipip.exblog.jp/(よーめんさんブログ)

ドガログ版 
石垣市議会議員が尖閣諸島海域にて海保に検挙
http://dogalog.excite.co.jp/viewvideo.jspx?Movie=48051149/48051149peevee74867.flv

youtube版
石垣市議会議員が尖閣諸島海域にて海保に検挙1/3
http://jp.youtube.com/watch?v=PowEvM74GKA

石垣市議会議員が尖閣諸島海域にて海保に検挙2/3
http://jp.youtube.com/watch?v=Or-4lyqlB78

石垣市議会議員が尖閣諸島海域にて海保に検挙3/3
http://jp.youtube.com/watch?v=FnkbzApD02M

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http://www.thida.net/nakama/(石垣市議 仲間均氏)

http://www.city.ishigaki.okinawa.jp/(石垣市役所)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/senkaku/index.html(外務省 尖閣諸島)

http://www.kaiho.mlit.go.jp/info/books/report2005/tokushu/p018.html
http://www.kaiho.mlit.go.jp/cgi-bin/namazu.cgi?query=%90%EB%8At%8F%94%93%87&max=20&result=normal&sort=score(海上保安庁 尖閣諸島等)

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石垣市議の仲間 均氏が石垣市の行政区域である日本國領土尖閣諸島視察を敢行するも、海上保安庁に同諸島に「近隣諸国との摩擦を生じさせない」との理由により、近づかせないとの方針に起因し、海上保安庁からの臨検(2~3時間)と船長の海上保安庁の本船での5時間に及ぶ事情聴取により、日本國領土尖閣諸島魚釣島視察を断念。

上陸阻止の命令は上からの強い命令(外務省あるいは内閣府)との事。

「石垣市の行政区域の石垣市の議員が上陸して、漁労の調査をするのが何故悪いのか。」

「尖閣諸島調査費を石垣市議会で150万円を議決し、毎年内閣府に上陸要請を出しているが、未だに何の返事もない。」

仲間市議は今までに上陸で罰金刑2回程受けている。

今回は船舶安全法違反で事情聴取され、この後、検察官の調べがあるようだ。



(私見)

石垣市議 仲間 均氏のご活動に敬意を表し、応援申し上げます。

日本國領土・領海である尖閣諸島及び同海域の護持は一歩も譲ることはできない。

同海域には日本國航空母艦が待機してしかるべきだ。

中国との摩擦を避けて主権を侵害させては絶対にならないし、日本国民の同地域・同海域での行動に日本國政府が圧力を掛ける事に憤慨する。

現に日本南西地域の領空侵犯に対する航空自衛隊のスクランブルは近年顕著に増加している。(F-4J戦闘機では明らかに手薄)

(意味:スクランブル【scramble】 国籍不明の航空機の侵入に際して、迎撃戦闘機が緊急に出動すること。)


自国の領土(個人から国が借地)に上陸、同海域に侵入する事に圧力を掛ける日本國政府の見識を疑う。

私は日本國領土・領海・領空護持に対して、いつでも血を流す覚悟はある(但し 殉死後は靖國神社に祭って頂きたいと強く望む)。
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反日写真展に関して抗議  




・左画像 柏市長  國賊 本多 晃

・中央画像 我孫子市長  國賊 星野 順一郎

・右画像 流山市長  國賊 井崎 義治


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ドガログ版
極左団体の反日写真展を”後援”する市に抗議
(2007.8.24 主権回復を目指す会)(動画31分)
http://dogalog.excite.co.jp/viewvideo.jspx?Movie=48051149/48051149peevee74058.flv

特集しているブログ (よーめんのこの国は少し変だ!)
http://youmenipip.exblog.jp/6218737/

youtube版アップ (三本に分割)
許されない反日極左への「後援」という名の行政支援1/3
http://jp.youtube.com/watch?v=68zoVZhOeD0

許されない反日極左への「後援」という名の行政支援2/3
http://jp.youtube.com/watch?v=IWeDj_THDjI

許されない反日極左への「後援」という名の行政支援3/3
http://jp.youtube.com/watch?v=jiZbV_5eYmI

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http://www.city.kashiwa.lg.jp/mayor/mayor_menu.htm
柏市役所 04-7167-1111

http://www.city.noda.chiba.jp/
野田市役所 04-7125-1111

http://www.city.abiko.chiba.jp/index.cfm/15,21074,63,html
我孫子市役所 04-7185-1111

http://www.city.nagareyama.chiba.jp/mayor/index.htm
流山市役所 04-7158-1111



上記各市の秘書課と担当課に反日写真展の柏市の施設使用と各市の後援について抗議の電話をしました。

各市の市長は即刻辞任せよ!

回天特別攻撃隊 大津島(おおづしま)  

回天特別攻撃隊 大津島(おおづしま)


回天特別攻撃隊 大津島基地(山口県周南市)に昨日(平成19年8月24日)行ってきました。

南洋に散華、また訓練中に殉職された回天烈士(17歳から27歳)の御霊に、一身を挺し日本國を御護り頂きました事に深い感謝の念を表し、慰霊碑を拝させて頂きました。

魚雷発射試験場手前の海に手を入れ回天烈士に感謝を申し上げさせて頂きました。

http://mixi.jp/view_album.pl?id=4092861&mode=photo(mixiフォト)


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出撃前の短刀伝達式で池淵信夫中尉に手渡された短刀「護國」

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映画「出口のない海」に使われた回天内部(レプリカ、実際より25cm直径が大きい)

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黒木博司大尉(訓練中に殉職) 自筆手紙

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菊水隊 仁科関夫中尉 自筆手紙

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回天烈士 左上から黒木大尉・樋口孝・・・・

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回天記念館正面(道の両端には回天烈士の氏名・出身県が刻まれている石碑がある)

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魚雷発射試験場(建物下に魚雷発射の為の溝が二つあるが、回天は大きいのでここに入らない)

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回天降下クレーン跡(ここにあったクレーンで回天を海に降ろして訓練をした)

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魚雷発射試験場からトンネルを望む

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魚雷発射試験場

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回天を運んだトンネル・魚雷発射試験場に向かって(当時は線路があった) 

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魚雷発射試験場

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大津島 馬島

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慰霊碑  黒木博司大尉の書

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人間魚雷 回天

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慰霊碑


「回天基地」 大津島(おおづしま)
平成19年・2007年8月24日 07:49
「回天特別攻撃隊 大津島基地」

・周南市回天記念館 山口県周南市大津島1960番地 電話0834-85-2310

・周南市立養浩館(資料館) 館長 高松 工(たくみ)
周南市大津島1960 電話0834-85-2030

大津島http://www.kanko-shunan.com/html/ootujima/ootujima.html#kiti
大津島巡航(新時刻表・運賃)http://www.kanko-shunan.com/html/ootujima/ootusimadia.pdf


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回天特別攻撃隊の慰霊祭は11月の第二日曜日

養浩館は旧士官宿舎跡にある。

映画「出口のない海」のモデルは和田 稔 回天烈士(静岡県出身、中尉、予備学生4期・東京大、光基地、戦没海域・光基地沖訓練中、戦没年月日・昭和20年7月25日、戦没年齢・23歳)

仁科関夫中尉(菊水隊 昭和20年11月20日ウルシー環礁にて散華)は小学校は光の室積(むろずみ)で中学は大阪の天王寺中。

父は室積女子師範(現・山口大学教育学部)の校長、母は中学の教師。

仁科中尉の幼少時を知っている人は養浩館に来て仁科中尉の事を「おぼっちゃま」と言う。

黒木大尉は気性が荒い。仁科中尉は柔和な性格。

短刀伝達式http://video.mixi.jp/view_video.pl?video_id=745328&owner_id=7790496(mixi動画)は今の回天記念館の前で行われた。

菊水隊などの名前は隊員達が自分達で決めた。

回天隊員は吉田松陰先生を崇拝していた。

平成10年に回天記念館は回天顕彰会の運営から市の直轄運営に変わった。

養浩館は回天顕彰会の運営で旧士官宿舎跡にある。

「平和教育に則って説明をしてくれ」との市からの要請に「自分なりの説明の仕方がある。」という事で元館長の高松 工 氏は30年務めた回天記念館館長を辞めた。

以前は大きな軍艦旗(大東亜戦争当時より)を回天記念館に掲げていたが、市の直轄運営になってからダメになって、現在は日章旗が掲げられている。

回天慰霊祭の時は現在も慰霊という事で軍艦旗を掲げる。

以前は一年おきに神式、仏式で慰霊祭を執り行っていたが、現在は献花のみの慰霊祭となっている。

(上記は養浩館に40年務めている女性の方の説明)

回天隊員は全て志願で、当時の若者が國難を何とかしなければならないとの救國の至情に駆られての行動であった。菊水隊の何人かは同期である(菊水隊の写真を指して、名前を言ってました)。(養浩館館長 高松 工 氏 85歳 談)

ここでも文部科学省・市の教育委員会の戦後自虐史観に基づく施策の影響が顕著に現れているように思えた。


(追記)



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意見書 河野洋平衆議院議長に対して  


國賊 河野洋平衆議院議長に意見書を送付しました。

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                              皇紀2667年8月22日
衆議院議長 河野洋平 殿
 
              大東亜戦争 インパール作戦戦没者 二親等遺族
                         住所○○○○○
                           氏名○○○○

             
                    意見書

 先般、皇紀2667年8月15日 全国戦没者追悼式に於いて貴殿の下記追悼の辞について意見を申し述べます。

 貴殿の追悼の辞での発言は個人的・売国的な政治信条と政治的・国辱的活動の一環としての挙であり、決して戦没者に対する追悼の辞というものではなく、中国・韓国・北朝鮮に対して媚び阿る発言としか解釈できません。

 貴殿の御英霊を愚弄し蔑み侮辱した発言は未来永劫、決して消え去る事はありません。

 貴殿の様な方が、日本国の三権の長である衆議院議長という現実に愕然とし、失望します。

 願わくば即刻、衆議院議長を辞し、併せて衆議院議員も辞職されん事を切望します。

                     記

「日本軍の一部による非人道的な行為によって人権を侵害され、今なお苦しんでいる方々に、心からなる謝罪とお見舞いの気持ちを申し上げたい。」

                                    以上

國賊 河野洋平の妄言(8月15日)  


(國賊 河野洋平の8月15日 全国戦没者追悼式での発言)

「海外での武力行使を自ら禁じた『日本国憲法』に象徴される新しいレジームを選択して今日まで歩んできた」


「日本軍の一部による非人道的な行為によって人権を侵害され、今もなお苦しんでいる方々に、心からなる謝罪とお見舞いの気持ちを申しあげたい」

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上記、河野洋平の発言について聞いてみました。

全国戦没者追悼式は厚生労働省 社会・援護局 援護企画課が担当です。

河野発言について抗議しましたら、「衆議院に言って下さい」と言うので衆議院に電話しました。

衆議院議長は電話が繋がらないので、衆議院広報に意見等を言いました。

河野洋平の戦没者を愚弄・侮辱する発言に抗議しましたら、衆議院広報は「戦没者は日本人だけではないのではないのか」と言うニュアンスで言うので、厚生労働省に再度聞きました。

全国戦没者追悼式に於ける戦没者の概念は下記の通りでした。

                記

支那事変以降の(旧日本軍)軍人・軍属及び準軍属の他・外地に於いて非命に倒れた者、(一般邦人)内地に於ける戦災死没者などをも含むものとする。 (厚生労働省 社会・援護局 援護企画課 談)




戦没者とは、上記概念でありましたので、衆議院広報の言う「あらゆる国の戦没者ではないか」と言うような概念は間違いであった事は証明されました。

そこで河野発言である>>>「日本軍の一部による非人道的な行為によって人権を侵害され、今もなお苦しんでいる方々に、心からなる謝罪とお見舞いの気持ちを申しあげたい」<<<これは戦没者を追悼する発言ではない事は明らかであります。

この様な戦没者を愚弄、侮辱し、事実誤認に基づいた自らの政治信条・政治活動の一環としての発言をする河野洋平は三権の長としての自覚もなければ、日本人としての自覚もない事は明らかであり、単なる売国奴・國賊という輩であります。

また>>>海外での武力行使を自ら禁じた『日本国憲法』<<<と言う作為的な誤った解釈での発言は確信犯以外の何ものでもなく、只、日本国民を迷走させる為に存在する代議士であり、腐り切った衆議院議長と言う他ありません。

日本国が何時誰が戦後の日本国憲法で海外での武力行使を>>>「自ら」<<<禁じたのか、理解できません。

仮に正しく発言するなら>>>「海外での武力行使をGHQに禁じられた『日本国憲法』に象徴される新しいレジームを強要され今日まで歩んできた」<<<であるべきであり、また戦没者を追悼するには関係のない発言であり、自らの政治信条と政治活動の一環としての発言としか認識できません。

天皇皇后両陛下 御遺族を前によくぞここまで御英霊・戦没者・日本民族を愚弄、侮辱した発言ができたものであるとつくづく思います。

衆議院議長 河野洋平には文書で意見等を提出して下さいと衆議院広報が言っておりましたので、文書を送付しようと思っております。




(ソース)
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<終戦記念日>河野衆院議長、追悼式で首相批判?の発言 [ 08月15日 12時51分 ](毎日新聞 )

 河野洋平衆院議長は15日、全国戦没者追悼式での追悼の辞で「(日本国民は)海外での武力行使を自ら禁じた『日本国憲法』に象徴される新しいレジームを選択して、今日まで歩んできた」との見解を表明した。

安倍晋三首相の「戦後レジームからの脱却」路線を意識した発言とみられ、追悼の辞で首相批判と取られかねない発言をするのは異例。

 河野議長はさらに「国際紛争解決の手段としての戦争の放棄を宣言する日本国憲法の理念を胸に、戦争のない世界、核兵器のない世界、報復や脅迫の論理ではなく、国際協調によって運営される世界の実現を目指す」と護憲の姿勢を強調した。

 従軍慰安婦問題についても触れ、「日本軍の一部による非人道的な行為によって人権を侵害され、心身に深い傷を負い、今もなお苦しんでおられる方々に、心からなる謝罪とお見舞いの気持ちを申し上げたい」と語った。

同問題をめぐっては、河野議長は官房長官時代の93年、談話を発表し旧日本軍の関与を認め謝罪した。

しかし、軍が強制した証拠はなかったとして河野談話の見直しを求める動きがあることから、これをけん制する狙いがあるとみられる。【高塚保】




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http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/268528/(阿比留瑠比さんのブログ)

「河野洋平衆院議長の追悼の辞全文」

 
《天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、全国戦没者追悼式が挙行されるにあたり、謹んで追悼の辞を申し述べます。
 
終戦のご詔勅のあの日から62年の歳月が流れました。

国策により送られた戦場に斃れ、あるいは国内で戦火に焼かれた戦没者の御霊に中新り哀悼の誠を捧げます。
 

今日のわが国の平和と繁栄は、戦没者の方々の尊い犠牲の上に築かれたものであり、私たちは日本人として、これを決して忘れてはならないと思います。

300万余の犠牲は、その一人一人が、一家の大黒柱であり、あるいは前途に夢を持ち、将来を嘱望された青年男女でした。残されたご遺族の悲しみを思います時、私は失ったものの大きさに胸が潰れる思いであります。
 
そしてそれは、わが国の軍靴に踏みにじられ、戦火に巻き込まれたアジア近隣諸国の方々にとっても、あるいは真珠湾攻撃以降、わが国と戦って生命を落とされた連合国軍将兵にとっても同じ悲しみであることを私たちは胸に刻まなければなりません。

また私は、日本軍の一部による非人道的な行為によって人権を侵害され、心身に深い傷を負い、今もなお苦しんでおられる方々に、心からなる謝罪とお見舞いの気持ちを申し上げたいと思います。
 
私たち日本国民が、62年前のあまりに大きな犠牲を前にして誓ったのは「決して過ちを繰り返さない」ということでした。

そのために、私たち一人一人が自らの生き方を自由に決められるような社会を目ざし、また、海外での武力行使を自ら禁じた、「日本国憲法」に象徴される新しいレジームを選択して今日まで歩んでまいりました。
 
今日の世界においても紛争は絶えることなく、いまも女性や子どもを含む多くの人々が戦火にさらされ苦しんでいます。

核軍縮の停滞がもたらした核拡散の危機は、テロリズムと結びついて私たちの生存を脅かそうとさえしています。

私たちは、今こそ62年前の決意を新たにし、戦争の廃絶に向け着実な歩みを進めなければなりません。

その努力を続けることこそ、戦没者の御霊を安んずる唯一の方法であると考えます。
 
私は、国際紛争解決の手段としての戦争の放棄を宣言する日本国憲法の理念を胸に、戦争のない世界、核兵器のない世界、報復や脅迫の論理ではなく、国際協調によって運営され、法の支配の下で全ての人の自由・人権が尊重される世界の実現を目ざして微力を尽くして参りますことを全戦没者の御霊を前にお誓いし、私の追悼の詞といたします。》


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「河野談話の白紙撤回を求める署名サイト」 http://kounodanwa.com/

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