二・二六決起 憂國烈士


青年日本の歌(ニ・ニ六決起 自決・刑死の憂國烈士 鎮魂)
http://www.youtube.com/watch?v=aOxBzEoW0Dg



二・二六決起 (二・二六決起に関するブログ群のURL)
http://hirihoukenten11111.blog.fc2.com/blog-category-1.html




ニ・二六決起 昭和11年2月26日(水曜日)

死刑執行(銃殺)  昭和11年7月12日 午前7時~ 15名
            昭和12年8月19日 4名
自決 2名

動画上の順番に出てくる人物紹介


北 一輝 本名・輝次郎 (刑死 昭和12年8月19日) 新潟県佐渡郡両津湊町出身

西田 税 (刑死 昭和12年8月19日) 鳥取県米子市博労町出身

野中四郎 (拳銃自決 昭和11年2月29日) 岡山県岡山市出身

渋川 善助 (刑死 昭和11年7月12日) 福島県若松市七日町出身

村中 孝次 (刑死 昭和12年8月19日) 北海道旭川市出身

磯部 浅一 (刑死 昭和12年8月19日) 山口県大津郡菱海村(現長門市)出身

対馬 勝雄 (刑死 昭和11年7月12日) 青森県南津軽郡田舎館村出身

河野 壽 (自決 翌昭和11年3月6日死没) 長崎県佐世保市出身

香田 清貞 (刑死  昭和11年7月12日) 佐賀県出身

安藤 輝三 (刑死 昭和11年7月12日) 岐阜県生まれ

栗原 安秀 (刑死  昭和11年7月12日) 島根県松江市出身

竹島 継夫 (刑死 昭和11年7月12日) 滋賀県出身

中橋 基明 (刑死 昭和11年7月12日) 東京府東京市牛込出身(本籍地:佐賀県)

丹生 誠忠 (刑死 昭和11年7月12日) 鹿児島県出身

坂井 直 (刑死 昭和11年7月12日) 三重県四日市市桜町出身

田中 勝 (刑死 昭和11年7月12日) 山口県下関市出身

中島 莞爾 (刑死 昭和11年7月12日) 佐賀県小城郡小城町出身

安田 優 (刑死 昭和11年7月12日) 熊本県天草郡出身

高橋 太郎 (刑死 昭和11年7月12日) 石川県金沢市生まれ、埼玉県出身

林 八郎 (刑死 昭和11年7月12日) 東京市に生れる。本籍:山形県鶴岡市

水上 源一 (刑死 昭和11年7月12日) 北海道出身



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北 一輝 (刑死) 新潟県佐渡郡両津湊町出身 満54歳没
きた いっき、本名:北 輝次郎(きた てるじろう)
明治16年・1883年4月3日 - 昭和12年・1937年8月19日
旧制佐渡中学校(新制:佐渡高校)
早稲田大学聴講生
民間人
1906年(明治39年)処女作『国体論及び純正社会主義』(『國體論及び純正社會主義』)
日本改造法案大綱




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西田 税 (刑死) 鳥取県米子市博労町出身 満36歳没
にしだ みつぎ、1901年・明治34年10月3日 - 1937年・昭和12年8月19日
啓成尋常小学校
米子中学校(現・米子東高校)
広島陸軍地方幼年学校 首席卒業
陸軍中央幼年学校
陸軍士官学校




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野中四郎 (自決) 岡山県岡山市出身 満32歳没
のなか しろう、明治36年・1903年10月27日 - 昭和11年・1936年2月29日
岡山県岡山市出身。
東京府立第四中学校
陸軍幼年学校卒業
陸軍士官学校卒業(36期)
歩兵大尉
歩兵第1連隊中隊長
二・二六事件で約500名の下士官兵を率いて警視庁及び桜田門付近を占拠
昭和11年・1936年2月29日 - 山下奉文少将に自決を促され、陸相官邸で拳銃自決
戒名は直心院明光義剣居士




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渋川 善助 (刑死) 福島県若松市七日町出身 満30歳没   
しぶかわ ぜんすけ、1905年12月9日 - 1936年7月12日 日本の思想家 
昭和11年7月12日 午前8時30分 銃殺刑死 享年39(38歳8か月)
「百千たび 此の土に生れ 皇国に 仇なす醜も 付しすくはむ」
遺詠「四つの恩 報い盡せぬ 嘆こそ 此の身に 残る 憾なりけり」

会津中学校(現・福島県立会津高等学校)卒業
仙台陸軍地方幼年学校
陸軍士官学校(39期) 本科卒業目前に教官と衝突し退学
明治大学法科
昭和7年・1932年 杉田省吾、西田税、福井幸、加藤春海等とともに維新同志会を結成
渋川善助夫妻は偵察のため湯河原伊藤屋本館に宿泊。2月25日に、河野大尉と合流。一旦東京に戻り、その後兵を連れ自動車で湯河原に入り、夜明けを待って光風荘を襲撃した。光風荘は襲撃により焼失してしまったが、偵察に宿泊した伊藤屋本館の客室は、当時のまま現在も利用されている。(転載)
伊藤屋(神奈川県足柄下郡湯河原町宮上488)http://www.itouya-net.jp/about/itouya02.html
憂国の間:少年時代を過ごした部屋。会津若松市七日町の渋川問屋内に現在でも保存されており、松本清張や三島由紀夫が訪れている。生前の三島由紀夫が訪れ「憂国の間」と名付けた。(転載)
渋川問屋(福島県会津若松市七日町3-28)
憂国の間http://shibukawadonya.com/yukokunoma.html




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村中 孝次 (刑死) 北海道旭川市出身 満33歳没
むらなか たかじ、明治36年・1903年10月3日 - 昭和12年・1937年8月19日
札幌第一中学校
仙台陸軍地方幼年学校
陸軍士官学校(37期)
陸軍士官学校事件




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磯部 浅一 (刑死) 山口県大津郡菱海村(現長門市)出身 満32歳没
いそべ あさいち、明治38年・1905年4月1日 - 昭和12年・1937年8月19日
陸軍主計官として階級は陸軍一等主計に至るが、陸軍士官学校事件で免官、後に二・二六事件を起こした。
広島陸軍幼年学校
陸軍士官学校予科
陸軍士官学校(38期)
陸軍経理学校
陸軍主計官(陸軍一等主計)




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対馬 勝雄 (刑死) 青森県南津軽郡田舎館村出身 満27歳没
つしま かつお、明治41年・1908年11月15日-昭和11年・1936年7月12日



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河野 壽 (果物ナイフ自決、約16時間後翌6日死亡) 長崎県佐世保市出身 28歳没
こうの ひさし、明治40年・1907年3月7日 - 昭和11年・1936年3月6日)
小学校4年のとき、熊本県熊本市に転居、碩台小学校に編入
旧制・熊本県立済々黌中学校(熊本県立済々黌高等学校)
熊本陸軍幼年学校
陸軍士官学校(40期)卒業
所沢陸軍飛行学校機関科学生
陸軍航空兵中尉(転科)・飛行第12聯隊附
陸軍航空兵大尉・所沢陸軍飛行学校操縦学生
辞世「あを嵐過ぎて静けき日和かな」
昭和11年3月5日午後、割腹、頸動脈を突いて自決した。しかし果物ナイフだったことから致命傷にはならず、16時間が経った3月6日朝、死去
墓所 賢崇寺(東京都港区元麻布)
自決時の果物ナイフ、遺品などは、襲撃現場となった光風荘に展示してある
兄・司
二・二六事件の遺族会会長、同事件の研究家として知られる
映画(『226』、1989年、五社英雄監督)本木雅弘




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香田 清貞 (刑死) 佐賀県出身 32歳没
こうだ きよさだ、明治36年・1903年9月4日 - 昭和11年・1936年7月12日
陸軍士官学校卒




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安藤 輝三 (刑死) 岐阜県生まれ 満31歳没
あんどう てるぞう、1905年(明治38年)2月25日 - 1936年(昭和11年)7月12日叛乱罪(首魁)で死刑
宇都宮中学校
陸軍士官学校38期
秩父宮雍仁親王と親しかったようである。銃殺される最期の際にも「秩父宮殿下万歳」を叫んだと磯部が獄中の遺書に記している(他の士官は「天皇陛下万歳」を叫んだ)。(転載)




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栗原 安秀 (刑死) 島根県松江市出身 満27歳没
くりはら やすひで、明治41年(1908年)11月17日 - 昭和11年(1936年)7月12日
陸軍士官学校(41期)卒業
辞世「大君に 御國思ひて 斃れける 若き男乃子の 心捧げん」


三重県「二・二六事件と三重県関係者」http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/rekishi/kenshi/asp/arekore/detail.asp?record=40
青年将校達の中に、三重県に関わる人物がいました。
 それは、岡田首相を襲撃した栗原安秀中尉と、斎藤実内大臣を襲撃した坂井直中尉の二人です。栗原中尉は事件当時29歳で、佐賀県の出身ですが、幼少より三重県で育ち、桑名の小学校から、県立富田中学(加筆:現、三重県立四日市高校)へ進み、津中学にも1年半ほど在学していました。中尉を紹介した当時の新聞には、学業優秀で友人からも尊敬されていたとあります。また、坂井中尉は事件当時27歳、三重郡桜村の陸軍少将、坂井兵吉の次男で、事件に参加する半月前、宇治山田から花嫁を迎えたばかりでした。(転載)



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竹島 継夫 (刑死) 滋賀県出身 満29歳没
たけしま つぎお、明治40年・1907年5月26日生 - 昭和11年・1936年7月12日
陸軍士官学校卒業



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中橋 基明 (刑死) 東京府東京市牛込出身(本籍地:佐賀県) 満28歳没
なかはし もとあき、明治40年(1907年)9月25日 - 昭和11年(1936年)7月12日
四谷第二小学校 首席卒業
名教中学(現・東海大学付属浦安高等学校・中等部)
東京陸軍幼年学校
陸軍士官学校(41期)
昭和8年(1933年)11月、「救国埼玉青年挺身隊事件」に関連、検挙され、豊橋連隊に転属となり満州行きとなる。(転載)
座右の銘『義を見てせざるは勇なきなり』
辞世『今更に何をか云はん五月雨に 只濁りなき世をぞ祈れる』
絶筆「只今最後の御勅諭を奉読し奉る。尽忠報国の至誠は益々勅々たり、心境鏡の如し」七月十二日午前五時



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丹生 誠忠 (刑死) 鹿児島県出身 満27歳没
にぶ まさただ、明治41年・1908年10月15日 - 昭和11年・1936年7月12日
陸軍士官学校(43期)卒業
【格言など】シバシの別レ泣クデナイ サラバサラバ 余ノ悪筆ヲ笑フ者ノ所ニハ化ケテ出ルゾ




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坂井 直 (刑死)三重県四日市市桜町出身 満25歳没 
さかい なおし、明治43年・1910年8月13日 - 昭和11年・1936年7月12日
陸軍士官学校(44期) 

半月前に結婚した妻・孝子を思いやっての遺書(2・26事件と昭和維新から転載)
「死がやってまいりました。孝子の腹巻に御守りが這入って居ります。宏大無辺の即仏の御慈悲に浸り、唯忠を念じて瞑目致します。前途を祝福してください。
天皇陛下万歳」


憂國の刑死者・自決者(三重県北勢地区・四日市)
http://hirihoukenten11111.blog.fc2.com/blog-entry-1161.html
二・二六事件 坂井直中尉(銃殺刑死)、森田必勝烈士(三島由紀夫烈士と共に自衛隊で割腹自決)のお墓参りをさせて頂きました。
http://hirihoukenten11111.blog.fc2.com/blog-entry-1074.html
「二・二六決起」 憂國烈士の御魂に敬意を表します
http://hirihoukenten11111.blog.fc2.com/blog-entry-344.html
2・26決起 昭和11年2月26日
http://hirihoukenten11111.blog.fc2.com/blog-entry-1953.html
二・二六決起から77年 坂井直・陸軍中尉(刑死)の墓参 敷島通信25/02/26
http://hirihoukenten11111.blog.fc2.com/blog-entry-2076.html
二・二六決起!坂井直・陸軍中尉(銃殺刑死 享年27)の墓参「青年日本の歌」 26/02/26
http://hirihoukenten11111.blog.fc2.com/blog-entry-2099.html
 

三重県「二・二六事件と三重県関係者」http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/rekishi/kenshi/asp/arekore/detail.asp?record=40
青年将校達の中に、三重県に関わる人物がいました。
 それは、岡田首相を襲撃した栗原安秀中尉と、斎藤実内大臣を襲撃した坂井直中尉の二人です。栗原中尉は事件当時29歳で、佐賀県の出身ですが、幼少より三重県で育ち、桑名の小学校から、県立富田中学(加筆:現、三重県立四日市高校)へ進み、津中学にも1年半ほど在学していました。中尉を紹介した当時の新聞には、学業優秀で友人からも尊敬されていたとあります。また、坂井中尉は事件当時27歳、三重郡桜村の陸軍少将、坂井兵吉の次男で、事件に参加する半月前、宇治山田から花嫁を迎えたばかりでした。(転載)




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田中 勝 (刑死) 山口県下関市出身 満25歳没
たなか まさる、 1911-1936 昭和時代前期の軍人。
明治44年・1911年1月生まれ - 昭和11年・1936年7月12日
旧制豊浦中(現県立豊浦高)
熊本陸軍幼年学校
陸軍士官学校卒業
辞世「たらちねの親の恵みの偲(しの)ばれて只(ただ)先立って我は淋(さび)しき」




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中島 莞爾 (刑死) 佐賀県小城郡小城町出身 満23歳没
なかじま かんじ、大正元年・1912年10月生まれ - 昭和11年・1936年7月12日
陸軍砲工学校



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安田 優 (刑死) 熊本県天草郡出身 満24歳没
やすだ ゆたか、1912年(明治45年)2月1日 - 1936年(昭和11年)7月12日
旧制・熊本県立済々黌中学校(熊本県立済々黌高等学校)
陸軍士官学校卒業(46期)
陸軍砲工学校
辞世(処刑5分前の書) 「あをぐもの涯に/我がつとめ 今は終わりぬ 安らかに 我れかへりなむ 武夫の道」



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高橋 太郎 (刑死) 石川県金沢市生まれ、埼玉県出身 満24歳没 
たかはし たろう、大正2年・1913年1月1日 - 昭和11年・1936年7月12日


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林 八郎 (刑死) 東京市に生れる。本籍:山形県鶴岡市 満21歳没
はやし はちろう、1914年(大正3年)9月5日 - 1936年(昭和11年)7月12日
東京府立第四中学
仙台陸軍幼年学校
陸軍士官学校(第47期)卒業




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水上 源一 (刑死) 北海道出身 満27歳没
みなかみ げんいち、明治41年・1908年9月28日-昭和11年・1936年7月12日
民間人 


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