二・二六決起!坂井直・陸軍中尉(銃殺刑死 享年27)の墓参「青年日本の歌」 26/02/26

二・二六決起!坂井直・陸軍中尉(銃殺刑死 享年27)の墓参「青年日本の歌」 26/02/26


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坂井直(さかい・なおし)陸軍中尉 
陸軍士官学校44期 三重県四日市市桜町出身
明治43年・1910年8月13日生まれ 
二・二六決起(昭和11年・1936年2月26日)
銃殺刑死(昭和11年・1936年7月12日午前7時54分) 満25歳没

半月前に結婚した妻・孝子を思いやっての遺書(2・26事件と昭和維新から転載)

死がやってまいりました。孝子の腹巻に御守りが這入って居ります。宏大無辺の即仏の御慈悲に浸り、唯忠を念じて瞑目致します。前途を祝福してください。
天皇陛下万歳



鎮魂 



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二・二六決起 坂井直・陸軍中尉のお墓


「青年日本の歌」二・二六決起 坂井直・陸軍中尉(銃殺刑死 享年27)墓前 
26/02/26 敷島通信





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三重県立四日市中央工業高等学校 國憂ふ学生(高校一年生)  (於)二・二六決起 坂井直・陸軍中尉の墓前 26/02/26

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三重県立四日市中央工業高等学校 國憂ふ学生(高校一年生)  (於)二・二六決起 坂井直・陸軍中尉の墓前 26/02/26


二・二六決起 坂井直・陸軍中尉(刑死)の墓参 四日市中央工業高校学生 26/02/26





二・二六決起 (二・二六決起に関するブログ群のURL)
http://hirihoukenten11111.blog.fc2.com/blog-category-1.html




皇紀2674年・平成26年2月26日、二・二六決起(昭和11年2月26日)坂井直・陸軍中尉(昭和11年7月12日銃殺刑死 享年27)のお墓参りをさせて頂きました。

墓前で、謹みて、当時、青年将校の皆様が歌っておられたという「青年日本の歌」(昭和維新の歌)を一番から四番まで歌唱させて頂きました。

そして、墓前で手を合わせていると、後ろから足音がするので、誰だろうかと振り向くと、学生服を着た青年でした。

「ご親族の方ですか?」と伺うと、「いえ(違います)、お墓参りに来ました」とのことで、四日市中央工業高等学校(三重県四日市市)の学生さん(高校一年生)で、全日本愛國少年連合・白虎隊々員ジョンソン氏(三重県北勢地区在住、中学二年生)https://twitter.com/jonsonsingetuhttp://amba.to/1eCaY8uを知っているとのことでした。

高校生の方が、二・二六決起の坂井直・陸軍中尉のお墓参りに来られたことに驚きと深い感動を覚えました。

坂井直・陸軍中尉が、刑死されてから既に77年と約7か月の月日が流れ、今現在、平成の御世、皇紀2674年・平成26年に、高校生が墓参に来ると想像されたでしょうか。

私の祖父(インパール作戦に従軍、その後、イラワジ河の会戦(戦死日がイラワジ河の開戦日、祖母が戦死したイラワジ河に一度行きたいと生前言っていたとのことからイラワジ河の会戦と推察)で戦死・玉砕の弟(私からすると大叔父)の陸軍士官学校の同郷方面の一期下が坂井直・陸軍中尉と思われますので、私がお墓参りをさせて頂いている様子からは、中尉に於かれましては「ああ、○○さんのお兄さんのお孫さんか」と思われるのではないかと感ずるところです。

三重県北勢地区、三重県四日市市桜町出身の坂井直・陸軍中尉をはじめ決起された皆様による二・二六決起は、今、時を経て、時空を超え、現下日本國の高校生にその憂國の志が受け継がれていると思いました。

坂井直・陸軍中尉の御魂靖からんことをお祈り申し上げ、憂國の至情、現下の日本民族に垂れ給わんことを御祈念申し上げます。


鎮魂

尊皇討奸



敷島通信 2674(26)-02-26  23:26 配信




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映画「226」 皇紀2649年(1989年)
坂井直・陸軍中尉役・・・加藤昌也(雅也)
妻・坂井孝子役・・・藤谷美和子
諏訪神社とニ・ニ六事件
http://www.citydo.com/prf/mie/area_kita/kenbun/discover/yokkaichi001.html 二・二六事件を起こした青年将校の一人、坂井直中尉が結婚式を挙げた神社なのです。理想に燃えた青年将校は、諏訪神社で挙式後すぐに事件に参加しています。
残された新妻は、決起のことも後から本人に知らされ、夫婦として2週間一緒に生活しただけで夫を失いました。 (転載)


諏訪神社 (三重県四日市市諏訪栄町22-38)
http://www.suwajinjya.jp/

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青年日本の歌
http://www.d1.dion.ne.jp/~j_kihira/band/midi/seinen.html
作詞・作曲:三上 卓

一、
汨羅(べきら)の渕に波騒ぎ
巫山(ふざん)の雲は乱れ飛ぶ
混濁(こんだく)の世に我れ立てば
義憤に燃えて血潮湧く
二、
権門(けんもん)上(かみ)に傲(おご)れども
国を憂うる誠なし
財閥富を誇れども
社稷(しゃしょく)を思う心なし
三、
ああ人栄え国亡ぶ
盲(めしい)たる民世に踊る
治乱興亡夢に似て
世は一局の碁なりけり
四、
昭和維新の春の空
正義に結ぶ丈夫(ますらお)が
胸裡(きょうり)百万兵足りて
散るや万朶(ばんだ)の桜花
五、
古びし死骸(むくろ)乗り越えて
雲漂揺(ひょうよう)の身は一つ
国を憂いて立つ時に
丈夫の歌なからめや
六、
天の怒りか地の声か
そもただならぬ響あり
民永劫(えいごう)の眠りより
醒めよ日本の朝ぼらけ
七、
見よ九天の雲は垂れ
四海の水は雄叫(おたけ)びて
革新の機(とき)到りぬと
吹くや日本の夕嵐
八、
ああうらぶれし天地(あめつち)の
迷いの道を人はゆく
栄華を誇る塵の世に
誰(た)が高楼の眺めぞや
九、
功名何ぞ夢の跡
消えざるものはただ誠
人生意気に感じては
成否を誰かあげつらう
十、
やめよ離騒(りそう)の一悲曲
悲歌慷慨(こうがい)の日は去りぬ
われらが剣(つるぎ)今こそは
廓清(かくせい)の血に躍るかな

昭和五年

 ……作詞者の三上卓は海軍少尉で、昭和5年5月24才の時佐世保でこの歌を発表した。以来、昭和7年の5.15事件、昭和11年の2.26事件に連座した青年将校などが歌い継いだ。
 紀元前3~4世紀頃、中国は戦国時代にあった。当時揚子江流域一体を領土としていた楚に、屈原という人物がいた。詩人であり政治家でもあった屈原は、王への進言をことごとく側近に邪魔され、遂には失脚させられて追放される。しかし屈原は他の国に仕えることをせず、祖国の滅亡の危機を憂いながら洞庭湖畔汨羅の川に身を投げた。楚はやがて秦に滅ぼされ、以来屈原は「不運の愛国者」の代名詞となった。
 この歌はこの故事を冒頭に引いている。ちなみに、端午の節句の「ちまき」は彼に由来する。(ネットより転載) 


非理法権天「端午の節句」
http://hirihoukenten11111.blog.fc2.com/blog-entry-1708.html

端午の節句
http://kids.goo.ne.jp/parent/seasonevent/kodomonohi/detail_07.html
http://www.kougetsu.co.jp/tangonosekku/tango-iware.htm

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三重県四日市市桜町228-4(の北がお墓)
http://maps.loco.yahoo.co.jp/maps?ei=UTF-8&type=scroll&mode=map&lon=136.54154617&lat=34.99902390&p=%E4%B8%89%E9%87%8D%E7%9C%8C%E5%9B%9B%E6%97%A5%E5%B8%82%E5%B8%82%E6%A1%9C%E7%94%BA228-4&z=16&layer=pa&v=3
二・二六決起 坂井直中尉のお墓は三重県四日市市桜の湯の山街道の湯の山に向かい四日市インターチェンジを超えて1キロくらい行くと、道路が川を越えるために登り坂になる手前を右に入って金渓川の南にあります。
三重県四日市市桜町228-4の北にあるお墓です。
近くに綺麗な小川が流れ、墓所の一番奥(北)の列で左奥(西奥)から二番目で、その列の一番背の高い先祖代々と記されたお墓です。



青年日本の歌(ニ・ニ六決起 自決・刑死の憂國烈士 鎮魂)
http://www.youtube.com/watch?v=aOxBzEoW0Dg
 

二・二六決起 憂國烈士
http://hirihoukenten11111.blog.fc2.com/blog-entry-1872.html






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