皇紀2674年6月8日 畏れ多くも 宜仁親王殿下(よしひとしんのうでんか)に於かれましては、薨去(こうきょ)あそばされました

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宜仁親王殿下(よしひとしんのうでんか)

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畏れ多くも 宜仁親王殿下(よしひとしんのうでんか)に於かれましては、皇紀2674年6月8日、薨去(こうきょ)あそばされました。
御神霊とおなりあそばされた御魂靖からんことを謹みて御祈り申し上げます。


 
宜仁親王殿下
http://www.kunaicho.go.jp/about/history/history07.html(宮内庁)

お名前 宜仁(よしひと)

宮号  桂宮(かつらのみや)

お続柄  崇仁親王第2男子

お誕生日  昭和23年2月11日

薨去  皇紀2674年(平成26年)6月8日午前10時55分  66歳

お印  桂(かつら)

成年式 昭和43年2月27日 (ご年齢20歳)

総裁職
(公益社団法人)日・豪・ニュージーランド協会 総裁
http://janz.jp/

(公益社団法人)大日本農会 総裁
http://www.dainihon-noukai.jp/

(公益社団法人)大日本山林会 総裁
http://www.sanrinkai.or.jp/

(公益社団法人)日本工芸会 総裁
http://www.sanrinkai.or.jp/

(社団法人)日本漆工協会 総裁


ご学歴など 昭和46年 学習院大学法学部政治学科ご卒業
昭和46年~昭和48年 オーストラリア国立大学大学院(キャンベラ)ご留学
昭和49年~昭和60年 日本放送協会 嘱託


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宮内庁: 皇室の構成図 http://www.kunaicho.go.jp/about/kosei/koseizu.html

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宮内庁

赤坂東邸(赤坂御用地内)における一般記帳者の弔問記帳(平成26年6月10日から6月16日)
http://www.kunaicho.go.jp/news/tyoumonkityou.html

一般記帳者の弔問記帳

(1)日時
平成26年6月10日(火)から6月14日(土)午前9時から午後7時まで
平成26年6月15日(日)及び6月16日(月)午前9時から午後4時まで

平成26年6月16日(月)をもちまして終了させていただきます。


(2)記帳所
赤坂東邸内仮設テント

(3)入退出門
徒歩にて東門から入門し,東門から退門する
※駐車場の用意はありません

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愛知県

桂宮宜仁親王殿下薨去(こうきょ)に伴う弔旗掲揚及び追悼記帳所の設置について

http://www.pref.aichi.jp/0000072885.html

1 弔旗掲揚について
(1) 期間
6月8日(日)から6月12日(木)まで
(2) 掲揚場所
ア 県庁舎(本庁舎、西庁舎、自治センター、県議会議事堂) イ 県地方機関
(3) 掲揚時間
各庁舎の実情に応じた時間
【参考】本庁舎:午前6時から午後6時まで

2 追悼記帳所の設置について

(1) 期間
6月10日(火)から当分の間

(2) 受付時間
午前9時から午後5時まで

(3) 場所
ア 平日:県庁本庁舎 正面玄関    イ 土曜日及び日曜日:県庁本庁舎 南玄関

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(一部加筆・編集)

宜仁親王殿下(よしひとしんのうでんか) 薨去

2014.6.8 12:04  産経新聞

 崇仁親王殿下(たかひとしんのうでんか)の第2男子で、 天皇陛下のいとこにあたられる宜仁親王殿下(よしひとしんのうでんか)が8日午前10時55分急性心不全のため東京都文京区の東京大学医学部付属病院で薨去(こうきょ)あそばされました。

66歳のご生涯で、皇位継承順位は第6位でした。 

宜仁親王殿下は昭和63年5月、お住まいの宮邸の寝室で倒れて以来、右半身が不自由となり、リハビリテーションを受けられていました。

ご本葬にあたる「斂葬(れんそう)の儀」は約1週間後に東京都文京区の豊島岡(としまがおか)墓地で執り行われるとみられています。

宜仁親王殿下は独身のため、桂宮家は断絶されます。

宜仁親王殿下の薨去により、皇室の方々は21方となりました。

 日・豪・ニュージーランド協会総裁のほか、大日本農会、大日本山林会、日本工芸会、日本漆工協会の各総裁を務められていました。

 心筋症の持病があったほか、宮家創立から約半年後の63年5月26日には、宮邸の寝室で倒れられているところを発見された。当時のご年齢は40歳だった。

 都立広尾病院に入院し、診断の結果、頭蓋骨(ずがいこつ)の内側にある硬膜と、くも膜の間から出血する「急性硬膜下血腫」と分かり、緊急手術を受けられました。右半身まひなどのご障害が残ったものの、リハビリに取り組み、平成3年には公務にご復帰なされました。総裁を務める各団体の表彰式などに、20年まで出席されていました。

 20年9月には、高熱が続いたため東京大学医学部付属病院にご入院なされました。診察の結果、血液に細菌が入る「敗血症」と診断されました。

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(一部加筆・編集)

斂葬の儀は17日 9日夕に「御舟入」
2014.6.8 23:07 産経新聞
 
宮内庁は8日、薨去(こうきょ)あそばされた宜仁親王殿下(よしひとしんのうでんか)の本葬にあたる「斂葬(れんそう)の儀」を17日午前、東京都文京区の豊島岡墓地で営むと発表しました。喪主は父の崇仁親王殿下(たかひとしんのうでんか)で、めいの彬子女王殿下(あきこじょおおうでんか)が代理を務められます7。

 宮内庁は8日、宜仁親王殿下の葬送方法などを検討する1回目の「葬儀委員会」を開催し、小田野展丈・式部官長が委員長を務めることなどを決めました。

 宜仁親王殿下のご遺体は桂宮邸(東京都千代田区三番町)に安置されているが、手狭なため、9日午後に赤坂御用地内にある赤坂東邸(ひがしてい)に移され、ご遺体をひつぎに納める儀式「御舟入(おふないり)」が同日夕に行われる。
 
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