天長節( 天皇誕生日) 皇紀2674年・平成26年12月23日 大須(愛知県名古屋市中区)の様子 大須は尊皇の街

天長節( 天皇誕生日)
皇紀2674年・平成26年12月23日
大須(愛知県名古屋市中区)の様子




大須は尊皇の街

五穀豊穣 天壌無窮
皇朝萬葉一統 皇尊彌榮 皇御國彌榮

天皇陛下萬歳





日本国国歌「君が代」


君が代は
  千代に八千代に
 さざれ石の
   巌(いわお)となりて
    苔(こけ)のむすまで


世界一長く続いている国【日本】

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世界史対照年表(年表の一番下、唯一日本だけが連綿と続いていることが確認できます)





皇紀2674年・平成26年12月23日、 天長節( 天皇誕生日)の吉(よ)き日、大須(愛知県名古屋市中区大須3)において、有志により、 御祝いの日の丸の小旗とお菓子が配られました。

畏くも 天皇陛下に於かれましては、81歳の御誕生日を御迎えになられましたことに謹みて御祝い申し上げ、 天皇陛下の御弥栄、 御皇室の御弥栄、玉体安寧、萬世一系の皇統護持、皇威伸長、國體護持を御祈念申し上げます。

日本国、日本民族に、天地の神々、 皇御國に坐す八百万の神々、
皇祖皇宗の御神霊の御加護垂れ給わんことを謹みて御祈り申し上げます。





若人が 

  天皇陛下 萬歳と 

   唱和する街 

     大須弥栄




神州日本不滅也

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聖寿萬歳   天皇陛下萬歳三唱 有志
万松寺通 東端 東から西に向かって撮影 (愛知県名古屋市中区大須3) 26/12/23


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万松寺通 東端 東から西に向かって撮影 (愛知県名古屋市中区大須3) 26/12/23


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万松寺通 東端 (愛知県名古屋市中区大須3) 26/12/23


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万松寺通 東端 東から西に向かって撮影 (愛知県名古屋市中区大須3) 26/12/23


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万松寺通 西 西から東に向かって撮影 (愛知県名古屋市中区大須3) 26/12/23


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万松寺通 コメ兵前 東から西に向かって撮影 (愛知県名古屋市中区大須3) 26/12/23 11:00頃
 

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別格本山 後村上天皇勅願所
「北野山真福寺寶生院(きたのさんしんぷくじほうしょういん)(第96代 後醍醐天皇が寺号を賜る)」
大須観音(俗称) 本堂「大悲殿」
(愛知県名古屋市中区大須2-21-47) 26/12/23


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大須観音 本堂「大悲殿」 26/12/23


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熱田神宮 愛知県名古屋市熱田区神宮1丁目1 26/12/23
本宮(ほんぐう)
熱田の杜(もり)奥深く鎮まります本宮は、明治26年までは尾張造りの社殿でしたが、三種の神器奉斎の社であることから伊勢の神宮とほぼ同様の社殿配置・規模の神明造りに改造されました。
昭和20年3月・5月と、2回の戦災を受けましたが、昭和30年10月に造替されました。
本宮の拝所は外玉垣御門(とのたまがきごもん)の前で、この御門と四尋殿(よじんでん)を併せ拝殿と称し、東西翼廊を付設しております。
その拝殿より御垣内を拝すると、一番奥に最も高く千木(ちぎ)・勝男木(かつおぎ)の見える社殿が「本殿」で、熱田大神はここに鎮まります。拝殿から順に「外玉垣」「内玉垣」「瑞垣(みずがき)」の垣があり、垣の各南正面には御門があります。内玉垣と外玉垣との間の広場を「中重(なかのえ)」といい、正面中程に立っている鳥居を中重の鳥居といいます。例祭をはじめ祭典の多くはこの中重にて斎行されます。
社殿は、再建以来50余年を経て、大屋根の葺替えをはじめ授与所・神楽殿の修造時期を迎えたことから、平成19年10月22日「仮殿遷座祭」を齋行。約2年の歳月をかけて事業は竣功し、平成21年10月10日に「本殿遷座祭」、翌11日に「臨時奉幣祭」を晴れて斎行。4年後の平成25年、創祀千九百年の慶節を真新しい社殿でお迎えする準備が整いました。


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熱田神宮 愛知県名古屋市熱田区神宮1丁目1 26/12/23
別宮八剣宮(べつぐうはっけんぐう)  新しく建て替えられました。
元明天皇和銅元年(708)9月9日に勅命により神剣をつくり、境内に社を建てて、祀ったことが創祀です。
建築様式をはじめ、年間の祭典・神事に至るまで全て本宮に準じて執り行われます。古来、武家の信仰が殊に篤く、天正3年織田信長は長篠に出兵の際社殿の修造を命じ、又慶長4年家康は拝殿・回廊・築地の修造を、貞享3年将軍綱吉は本殿の造替を行った等の記録が残っております。
本宮の参拝を終えられたら、少し足を伸ばして是非参拝されることをお勧めします。(転載)


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愛知県護國神社 愛知県名古屋市中区三の丸1丁目7-3 26/12/23
御祭神
護國の神霊(愛知県ゆかりの御英霊)

御霊験
御祭神は、郷土の平和と繁栄を願いつつ、私共の身代りとなられた神霊であり、国難・家難・われわれの災禍を身代わって防いで下さいます。
皆様方の日々の暮らしのご繁栄とご安全の諸祈願に、御霊験あらたかであります。

沿革
明治2年5月尾張藩主徳川慶勝侯が、戊辰の役に戦死した藩士等二十五柱の神霊を、現在の名古屋市昭和区川名山にお祀りして「旌忠社」と号したのが始まりで、その後嘉永6年以降、先の大東亜戦争に至るまでの愛知県ゆかりの御英霊九万三千余柱を、護國の大神としてお祀り申し上げております。
神社名は、明治8年「招魂社」、同34年「官祭招魂社」、昭和14年「愛知縣護國神社」と改称、戦後一時「愛知神社」と称したが、同30年現社名に復称した。
鎮座地は、大正7年現在の名古屋市北区名城公園、昭和10年に現社地に御遷座。
同20年3月19日の空襲で御社殿は炎上したが、同33年11月本殿・拝殿等復興、同57年10月社務所竣工、平成10年3月神門・舞殿・廻廊が竣工し、戦災復興が完了した。

官祭招魂社跡
愛知縣護國神社御鎮座百二十年を記念して、その前身である、「官祭招魂社」跡地に愛知縣護國神社いしぶみ会(境内建碑団体)が時計塔を名古屋市に寄贈し、その基壇として建立。

旌忠社跡
愛知縣護國神社御鎮座百三十年を記念して、神社創建の地(昭和区川名山町)に「旌忠社跡」碑が平成11年12月20日に建立された。
現在は聖霊病院があり、その母体である社会福祉法人聖霊会のご好意により建立が許された。(転載)


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愛知県護國神社 宮城遥拝所  26/12/23



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