非理法権天 ひりほうけんてん (敷島通信)

敬神尊皇 七生報國 非理法権天       身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂

五・一五決起 (昭和7年5月15日)  

五・一五決起 (昭和7年・1932年5月15日)



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三上卓・海軍中尉(青年日本の歌 作詞)  犬養毅首相官邸襲撃のリーダー
犬養毅首相射殺
黒岩勇氏は、山岸宏氏の「問答無用、撃て、撃て」に応じ、犬養毅首相に左前方より同人に向け第一弾を放ち、三上卓・海軍中尉も第二弾を放ち、同人を16日午前2時35分、首相官邸に於いて出血により起こる脳圧によって、心臓と呼吸の麻痺を起させ、死亡するに至らしめた。


フォト
古賀清志・海軍中尉   牧野伸顕・内大臣邸襲撃のリーダー



フォト
五・一五決起後の首相官邸実地検証


フォト
五・一五決起 10万人分の署名を抱えて上京した石川県の「嘆願署名」の一行


「決起計画の内容」

・第一組
首相官邸(三上卓・海軍中尉、山岸宏、村山格之、および陸軍士官候補生数名、全部で9名)
犬養毅首相射殺 私服の巡査が撃たれ重傷のち死亡

・第二組
牧野伸顕内大臣官邸(古賀清志・海軍中尉、坂元兼一、菅勤、西川武敏、池松武志、各士官候補生5名) 
正門玄関前庭で手榴弾を一個炸裂させ、同庭立番中の巡査一人を拳銃で撃ち重傷を負わす

・第三組
立憲政友会本部(中村義雄中尉、中島忠秋、金清豊、吉原政巳、各士官候補生)
バルコニー付近で手榴弾一個を炸裂

・第四組
三菱銀行(血盟団 奥田秀夫)
手榴弾一個を炸裂

・別働隊
東京市内変電所六ヶ所(橘孝三郎の愛郷塾別働隊7名、女性1名を含む)
変電所を襲い、手榴弾を投げ、金槌手斧などで機械を損壊

・第一、第二、第三組合同 警視庁(最初の襲撃終了後)
それぞれが手榴弾数個づつを炸裂させ、居合わせた職員と新聞記者に重傷を負わせる

頭山満翁の御子息・頭山秀三氏、本間憲一郎氏らが、拳銃や実弾の提供

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↓以下、五・一五事件「檄文」http://www.tanken.com/gekibun.htmlより転載


日本国民に激[檄]す!


 日本国民よ!
 刻下の祖国日本を直視せよ
 政治、外交、経済、教育、思想、軍事、何処に皇国日本の姿ありや
  政権党利に盲ひたる政党と之に結托して民衆の膏血を搾る財閥と 更に之を擁護して圧政日に長ずる官憲と 軟弱外交と堕落せる教育と 腐敗せる軍部と 悪化せる思想と塗炭に苦しむ農民労働者階級と 而して群拠する 口舌の徒と……
 日本は今や斯くの如き錯騒[綜]せる堕落の淵に死なんとしてゐる
 革新の時機!! 今にして立たずむば日本は滅亡せんのみ
 国民よ
 武器を執つて立て! 今や邦家救済の道は唯一つ「直接行動」以外に何者もない
 国民諸君よ!
 天皇の御名に於て君側の奸を屠れ!
 国民の敵たる既成政党と財閥を殺せ!
 横暴極まる官憲を膺懲せよ!
 奸賊、特権階級を抹殺せよ!
 農民よ、労働者よ、全国民よ……  
   祖国日本を守れ
 而して……
  陛下聖明の下、建国の青神[精神に]帰り国民自治の大精神に徹して人材を登用し 朗らかな維新日本を建設せよ
 民衆よ!
  この建設を念願しつゝ先づ破壊だ!
  凡ての現存する醜悪なる制度をぶち壊せ!
  威[偉]大なる建設の前には徹底的な破壊を要す
  吾等は日本の現状を哭して赤手世に魁けて諸君と共に昭和維新の炬火を点ぜんとするもの
  素より現存する左傾右傾の何れの団体にも属せぬ
  日本の興亡は吾等(国民前衛隊)決行の成否に非ずして吾等の精神を持して続起する国民諸君の実行力如何に懸る
  起て!
  起つて真の日本を建設せよ!


昭和七年五月十五日
陸海軍青年将校
農民同志


(『検察秘録 五・一五事件』より)

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青年日本の歌
http://www.d1.dion.ne.jp/~j_kihira/band/midi/seinen.html


作詞・作曲:三上 卓

一、
汨羅(べきら)の渕に波騒ぎ
巫山(ふざん)の雲は乱れ飛ぶ
混濁(こんだく)の世に我れ立てば
義憤に燃えて血潮湧く
二、
権門(けんもん)上(かみ)に傲(おご)れども
国を憂うる誠なし
財閥富を誇れども
社稷(しゃしょく)を思う心なし
三、
ああ人栄え国亡ぶ
盲(めしい)たる民世に踊る
治乱興亡夢に似て
世は一局の碁なりけり
四、
昭和維新の春の空
正義に結ぶ丈夫(ますらお)が
胸裡(きょうり)百万兵足りて
散るや万朶(ばんだ)の桜花
五、
古びし死骸(むくろ)乗り越えて
雲漂揺(ひょうよう)の身は一つ
国を憂いて立つ時に
丈夫の歌なからめや
六、
天の怒りか地の声か
そもただならぬ響あり
民永劫(えいごう)の眠りより
醒めよ日本の朝ぼらけ
七、
見よ九天の雲は垂れ
四海の水は雄叫(おたけ)びて
革新の機(とき)到りぬと
吹くや日本の夕嵐
八、
ああうらぶれし天地(あめつち)の
迷いの道を人はゆく
栄華を誇る塵の世に
誰(た)が高楼の眺めぞや
九、
功名何ぞ夢の跡
消えざるものはただ誠
人生意気に感じては
成否を誰かあげつらう
十、
やめよ離騒(りそう)の一悲曲
悲歌慷慨(こうがい)の日は去りぬ
われらが剣(つるぎ)今こそは
廓清(かくせい)の血に躍るかな

昭和五年

 ……作詞者の三上卓は海軍少尉で、昭和5年5月24才の時佐世保でこの歌を発表した。以来、昭和7年の5.15事件、昭和11年の2.26事件に連座した青年将校などが歌い継いだ。
 紀元前3~4世紀頃、中国は戦国時代にあった。当時揚子江流域一体を領土としていた楚に、屈原という人物がいた。詩人であり政治家でもあった屈原は、王への進言をことごとく側近に邪魔され、遂には失脚させられて追放される。しかし屈原は他の国に仕えることをせず、祖国の滅亡の危機を憂いながら洞庭湖畔汨羅の川に身を投げた。楚はやがて秦に滅ぼされ、以来屈原は「不運の愛国者」の代名詞となった。
 この歌はこの故事を冒頭に引いている。ちなみに、端午の節句の「ちまき」は彼に由来する。(ネットより転載) 


非理法権天「端午の節句」
http://hirihoukenten11111.blog.fc2.com/blog-entry-1708.html

端午の節句
http://kids.goo.ne.jp/parent/seasonevent/kodomonohi/detail_07.html
http://www.kougetsu.co.jp/tangonosekku/tango-iware.htm

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五・一五事件 (ウィキ)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E3%83%BB%E4%B8%80%E4%BA%94%E4%BA%8B%E4%BB%B6
五・一五事件(ご・いち・ごじけん)は、1932年(昭和7年)5月15日に日本で起きた反乱事件。武装した大日本帝国海軍の青年将校たちが総理大臣官邸に乱入し、内閣総理大臣犬養毅を殺害した。



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