非理法権天 ひりほうけんてん (敷島通信)

敬神尊皇 七生報國 非理法権天       身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂

松陰と李卓吾-「狂の思想」  

維新の先覚 吉田松陰
編集 山口県立山口博物館
発行 (財)山口県教育会 より


江戸在獄中の松陰は七月中旬、晋作への書簡で、



「貴問に曰く、丈夫死すべき所如何。僕去冬以来、死の一字大いに発明あり、李氏焚書の功多し。

其の説甚だ永く候へども約して云はば、死は好むべきにも非ず、亦悪(にく)むべきにも非ず。

道尽き心安んずる、便(すなわ)ち是れ死所

世に身生きて心死する者あり、身亡びて魂存する者あり。

心死すれば生くるも益なし、魂存すれば亡ぶるも損なきなり」




とあるのは、松陰が李卓吾の「焚書」を読み、獄中での死生観に大きな影響を与えたことを示しているのである。

李卓吾は本名は李贄、明末の福建省に生まれた陽明学者であった。

天衣無縫の独創的思考と激烈な批判精神は世人を驚かせ、晩年は弾圧をうけ放浪生活を続け、後に獄中で自殺した。

「焚書」は、李卓吾は官吏をやめた後、六十四歳の時(1590)に出した文集六巻で内容は、詩文、書簡などである。

ところで、この狂の思想は、「伝習録」で王陽明が展開したものといわれる。

王陽明の弟子たちの中から「狂」こそ聖人となるための真の道であるという主張があらわれてくる。

もっとも、その原典は、「論語」に人間を三類型に分け、最も穏健な「中竹」に対し「狂・狷」と「郷愿(きょうげん)」を配した。

孟子はこれを注釈し、狂は理想主義ではあるが、言行不一致、狷は不潔をいさぎよしとしないもの、郷愿(きょうげん)」は世俗と歩調をあわせた風俗とし、郷愿(きょうげん)」は徳の賊とした。

要するに、陽明学派の狂は、理想を高く持ち、何の虚飾も、隠しだてもなく、心のままに率直に行動する。

若し過失があれば、改めさえすればよい、とするものであった。

世俗社会の常識に対し、果敢に挑戦する実践的理想主義であった。

この王陽明の「伝習録」は松陰の愛読書の一冊であった。

王陽明(1472~1528)は完成された朱子学に対し、全身全霊の情熱(至誠)をもって、新しい学問を提唱した人であった。

松陰が「伝習録」を暗誦するくらいに読んでいることは、彼の著述にその用語がしばしば用いられていることでも明らかである。

自分の行動を「狂挙」とあえて言えるためには、歴史をみつめる「冷静な目」が必要である。

松陰にその目があればこそ、尊攘運動に命を掛けることができたのであろう。

この「狂」の精神が、明治維新への道と切り開く、転換点となったといえる。


↑ここまで

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「松陰神社 御祭神 吉田松陰先生」
http://www.shoinjinja.org/

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