非理法権天 ひりほうけんてん (敷島通信)

敬神尊皇 七生報國 非理法権天       身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂

吉田松陰先生 七生節  

維新の先覚 吉田松陰
編集 山口県立山口博物館
発行 (財)山口県教育会 より


七生節(安政三年四月十五日)

松陰の人生観、士道論、国体論が一応確立したのは安政三年(1856)であるため、安政三年に成った松陰の文には永遠の意義をもつものが極めて多い。

この七生節もまたその白眉のもので、楠公の七生報國の信念を人生観の根底とした松陰が、儒学の理気説を借りてこれを表明したものである。

欄外行間の朱筆は黙霖である。





七生説

天の茫々たる、一理ありて存し、父子祖孫の綿々ある、一気ありて属(つづ)く。

人の生るるや、その理を資(と)りて以て心と為し、その気を稟(う)けて以て体と為す。

体は私なり、心は公なり。

私を役して公に殉(したが)ふ者を大人と為し、公を役して私に殉ふ者を小人と為す。

故に小人は体滅し気つくるときには、則ち腐爛潰敗(ふらんかいはい)して復(ま)た収むべからず。

君子は心、理と通ず、体滅し気つくるとも、しかも理は独り古今に亙(わた)り天壌を窮め、未だ嘗て暫くもやまざるなり。

余聞く、贈正三位位楠公の死するや、其の弟正季(まさすえ)を顧みて曰く、「死して何をか為す」。

曰く、「願わくは七たび人間に生れて、以て国賊を滅ぼさん」。

公欣然として曰く、「先づ吾が心を獲たり」とてぐう刺(ぐうし)して死せりと。

ああ、是れ深く理気の際に見ることあるか。

是の時に当り、正行(まさつら)・正朝(まさとも)の諸子は則ち理気並び属(つづ)く者なり。

新田・菊池の諸族は気離れて理通ずる者なり。

是れに由りて之を言はば、楠公兄弟は徒(ただ)七生のみならず、初めより未だ嘗て死せざるなり。

是れより其の後、忠義忠節の人、楠公を観て興起せざる者なければ、則ち楠公の後、復(ま)た楠公を生ずる者、固(もと)より計り数ふべからざるなり。

何ぞ独り七たびのみならんや。

余嘗(かつ)て東に遊び三たび湊川経(へ)、楠公の墓を拝し、涕涙(ているい)禁ぜず。

其の碑陰に、明の徴士朱生の文を勒(ろく)するを観るに及んで、則ちまた涙を下す。

ああ、余の楠公に於ける、骨肉父子の恩あるに非ず、師友交遊の親あるに非ず。

自ら其の涙の由る所を知らざるなり。

朱生に至りて則ち海外の人、反つて楠公を悲しむ。

而して吾れ亦朱生を悲しむ、最も謂れなし、退いて理気の説を得たり。

乃ち知る、楠公・朱生及び余不肖、皆その理を資(と)りて以て心と為す。

則ち気属(つづ)かずと雖も、而も心は則ち通ず。

是れ涙の禁ぜざる所以なり。

余不肖、聖賢の心を存し忠孝の志を立て、国威を張り海賊を滅ぼすを以て、妄(みだり)に己が任と為し、一てつ再てつ、不忠不幸の人となる、復た面目の世人に見(まみ)ゆるなし、然れどその心己に楠公諸人と、その理を同じうす。

安(いずく)んぞ気体に随つて腐爛潰敗するを得んや。

必ずや後の人をして亦余を観て興起せしめ、七生に至りて、而る後可と為さんのみ。

ああ、是れ我に在り。七生説を作る。



(文尾に)「是の文其の忠節を観るに足る、僕輩之を読み壮快し襟を正す」

(の黙霖の朱筆あり。)

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「湊川神社 御祭神 楠木正成公」
http://www.minatogawajinja.or.jp/guidance02.html

「松陰神社 御祭神 吉田松陰先生」
http://www.shoinjinja.org/

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中国人は中国人にあらず
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幻想中国
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